卓話
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卓話『営業のいない営業でナンバーワンへ』2026年2月16日
株式会社メルヘン 代表取締役社長 原田 純子様
サンドイッチ店はたくさんあり、色々なところで様々なものが売られていますが、今迄我々が意識している競合他社はありません。創業時から、おいしいサンドイッチを作るということだけを考え続けてきました。銀座や東京駅内でも店内厨房で作りたてを販売し、「パンはフワフワ、カツはカリっと、感動しました」というお言葉をいただくことが多くあります。商品に徹底してこだわっているということ、そして出来立てを召し上がっていただくことで、おいしさがより伝わるのだと思います。
すべての具材を活かせるようなリーンなパンを自社開発できたことが差別化に繋がっていると思います。例えば混ぜご飯の上においしいマグロが乗っていても、白いごはんのほうが良いですし、白いごはんがおいしければどんなおかずでも全部おいしく食べられるのと同じように、土台となるパンに非常に力を注ぎました。
またオーブンなどの機械設計や、真空凍結乾燥機、さらに自社でマヨネーズを開発し、毎日食べても飽きない、日本人が好む後味の良さを意識して、また食べたいなという印象を残すように仕上げています。
創業した当初から、営業部署について考えたことはなく、まだこれでは人様に宣伝できない、私自身充分納得のいくサンドイッチではなかったので、宣伝どころかもっと商品を磨かなければいけないと思っていました。その商品に注力していくうちにおいしいと言っていただけるようになり、30年前に日本橋三越から出店依頼があった時もどうして声をかけてくれたのかと尋ねると、虎屋の重役さんから、おいしいサンドイッチがあるよと紹介していただいたと言うのです。例えばわたしがサンドイッチを抱えて三越に売り込みに行ったとしても、虎屋の重役さんの一言のほうがずっと効果があったと思います。誰がどこで宣伝してくれているかわかりません。最初から呑気にやるということが一番の目標でしたし、利益が出ていても手を広げたら呑気にできなくなるということと、お客様に迷惑をかけることなく続けられるように、拡大よりも目の届く範囲で出店するということを守っています。
営業をしないということは広告宣伝費や営業スタッフなどがいないため、経費をその分材料費に使うことができます。ですから原価計算を詰めて妥協するという発想はなく、値段が多少高くても、本当においしいと思うものを作っております。納得するものを作って、その値段で納得する人に買っていただいています。お客様に迎合する値段を考えてものを作ると、そこにわたしたちの考えとのズレが生じてしまうと感じていて、まずはおいしいものを作るということに一番力を入れています。
東京駅では1日1000個以上売れますが、コロナの時にはそうではありませんでした。東京駅は人がいなくなり、代わりにローカルは売上げがあがりました。この状況をむしろチャンスと考え、社員研修を行いました。忙しいお店で働く人は早く効率的にやる方法を知っていますが、少人数のお店もまた色々なことに気を配りながら多岐に渡った仕事をします。そういったスタッフが入り組んで研修を行うことによって切磋琢磨できるということで、コロナの時期は徹底して勉強の時間に充てました。すると、平常に戻った時に創業以来の数字が上がったのです。ジャンプする力を蓄えておいて良かったなと思いました。またリニューアルオープンや本社の改装、点在していた倉庫の集約など、普段時間がなくできなかったことをすることができ、おかげさまでコロナ期も忙しくさせていただいていました。
現在も毎日たくさんの出店依頼があります。それを良しとして出店しているとどんどん内容は薄まるし、いいものを作るというよりも数字に追われて大変になっていたと思いますが、大きくしないことを決めて、あまり余計な心配をかけずに維持することが一番だなと思い、丁寧に呑気な経営を続けています。
今年メルヘンは44年目を迎えます。当初からフルーツやあんを使ったスイーツサンドはありましたがその頃は生クリームは使っていませんでした。生クリームを使いケーキのようなスイーツサンドを開発したことでスイーツサンドの草分け的存在になりました。現在では「宮古島の奇跡のマンゴー」や、「岡山の清水白桃」など様々な種類があり、限定販売もしています。
これからもさらに驚きと感動をあたえるようなサンドイッチを目指して作っていきたいと思います。
卓話『新しい視点で防災のリハーサルを!』2026年2月2日
映画監督・株式会社ON-WORK代表 古波津 陽様
映画監督として長年エンタメ業界にいるわたしが福島に関わるきっかけとなったのは非常にシンプルで、2011年の東日本大震災でした。新福島変電所は、地震でダウンしてしまったことによって福島第一原発にエネルギーを送ることができなくなりメルトダウンを起こした原因のひとつにもなっている場所で、関東に電気を送り続けてくれていました。この話を知り、知らなかったでは済まされないと思いました。エンタメ業界では一般家庭とは比にならないくらい電気を使い続けてきました。それをずっと福島第一原発が支えてくれていたと言ってもいいわけです。それが爆発してしまった時、誰かが悪いとかそういう話ではなく、そもそもわたしたちがずっと享受していた便利さに対して請求書が届いてしまったのだと感じました。
事故後、テレビや新聞でたくさんの情報が流れ、避難した方々を差別する意見や、福島の農作物に対する風評被害が飛び交いました。そして情報がありすぎるが故に正しい情報を見つけることが難しくなってしまいました。声の大きな人の議論ばかりが聞こえてきて、一番肝心な福島で生活している人の声が届かなくなってしまったのです。そこで始めたのが「1/10Fukushimaをきいてみる」という取り組みです。福島の方々の声を聞き、わたしの得意技でもある映画という技術を使って形にしていきました。もちろん福島になにかを届けようという支援もたくさんありましたが、わたしは福島の人たちの声を外に届けるという支援を選びました。そのために気を付けなければいけなかったことは、結論を出さないということです。なにも決着していない中で結論を出すこということは、間違った方向に導いてしまいかねないと思いました。ただ福島の方たちの声を丁寧に聞き、そしてそれを丁寧に伝えていく。そのような映画の上映会を10年間繰り返してきました。
わたしは原発反対運動をしたかったわけではなく、長い目で見ないと分からないことのために一度きりにしたくありませんでした。そのためにみんなで福島の今を聞いていこうと、毎年無料上映で新作を届ける仕組みを作りました。無料上映と言いながらも会場に来られた方たちからの寄付によって成り立っていた活動ですが、右肩上がりでお客さんが増え、おかげさまでそれだけで活動を支えていただけるようになってきました。
情熱だけではなく仕組みを作って続けたこの活動は、気が付くと10年が経っていました。人生の苦境を乗り越えた人の言葉、自問自答を繰り返して導き出した生き方、選びたくない人生を選択した生き方、なんとか前に進まなければいけないと絞り出す言葉はとても貴重で、最近では学校や自治体で学びのために使っていただけるようにもなりました。
そして福島県ホープツーリズムに組み込んでいただきました。負の遺産をツアーとして学ぶダークツーリズムと同じですが、福島の未来や希望を考えられるようなツアーにしたいということでホープという言葉が使われています。今福島県では年間1000本のツアーを行っており、その中の1本をわたしが担当させていただいています。映画を関西で宣伝してくれている灘高校の先生から「モヤモヤは人を成長させます」という言葉をいただきました。簡単に答えがあるものを質問して正解を導くのではなく、答えのない問いを投げかけてモヤモヤしてもらう。それに最適な場所が福島だということで、先生は毎年大勢の高校生を連れて行って学びの場にしてくれています。
防災と聞くとイメージするのは、非常食や避難経路だと思います。もちろん準備はとても大切ですが、「避難の準備をしていたかどうかが命を分けました」という被災地に足を運んで聞かせていただいた言葉、被災された方のご遺族の言葉が印象的でした。避難のための準備とはどういうことでしょうか。それは、避難をするかどうかを判断する準備ということです。判断材料をいかに自分たちで準備して持っておくかが大事だと、遺族の方が口を揃えておっしゃっている。だからこれは専門家だけがやるべきことではなく、全員でやるべきことなのだと思います。
そこからわたしが考えた仕組み、現在やっていることは、難しい知識がなくても参加できる「きいてみる防災」というワークショップです。体験しながら考えることで、あらゆることを防災に結び付けて脳の回路を作っていきます。例えばぬいぐるみと防災をどう結びつけますかと質問をしたら、小学生は、中に防災グッズを入れてベッドに置き、いざとなったらそれを掴んで逃げればいいし、避難所では子どもにとっては安心なものになると答えました。また電車というキーワードに対して高校生は、シートの下に防災備蓄を入れておき、電車そのものを避難場所として考えると答えました。さらに漬物というワードを引いたチームは、普段から避難所で漬物を作るというコミュニティを作っておけば、ここが避難所だという認識が生まれ、非常時にはおかずとして食べることができると回答しました。被災した時に白米ばかりで辛かったという経験から生まれたアイデアです。とにかく被災地ではコミュニティが大切だということを教訓として学んでいるのですね。
福島も防災も共通しているのは、当事者は全員だということです。東日本大震災で福島第一原発の事故が起き、では未来はどうすればいいのだろうということが盛んに言われました。そしてその未来はもう来ています。だからわたしたちはもっとみんなでエネルギーのことを考えるべきだし、もっと災害から命を守る方法を考えるべきだと思っています。これはわたしたちの話で、当事者はわたしたち全員です。
わたしの活動に関わっていただくのはもちろん、考えていただけるだけでも嬉しいと思っています。これからこの活動を皆さんのところへより届けやすくなるように、NPO法人を立ち上げる準備をしています。本日のお話が何かを考える時の材料になってくれたら、それだけでこの活動は前に進んでいます。
ご清聴ありがとうございました。
卓話『「受けるより与える方が幸いなり」〜ロータリーのウクライナ支援〜』2026年1月26日
浅田屋伊兵衛商店株式会社 代表取締役 浅田 松太様
「受けるより与える方が幸いなり」与えることの豊かさは、他者への思いやりや慈しみの心にも深く通底するものです。そして何よりわたしたちロータリアンが日々の指針とするモットー、超我の奉仕そのものでもあります。
わたしは今から43年前、ロータリーの青少年交換留学生としてカナダに1年間派遣していただきました。世界がいかに広く、人の善意がいかに深いかを知らないひとりの若者であったわたしは、見返りを一切求めずにただ与えてくださるホストファミリーロータリアンの存在とその世界的なネットワークの広さに心から驚き、感動しました。この時受けた大きな恩恵はロータリーの与える精神そのもので、この経験がわたしにロータリー素晴らしさを教え、いつか次の世代に繋いでいきたいという思いを強く抱かせてくれたのです。ではなぜ与えることはこれほどまでに人の心を打ち、幸福感をもたらすのでしょうか。心理的な喜びもありますが、東洋の仁の精神、つまり他者の幸せを願い、そのために行動することが巡り巡って自身の人間性を高め、心の平安や真の幸福に繋がるという考え方に共感しています。ロータリーの活動はまさにこの精神を実践する場なのだと思います。
現在、東京北ロータリークラブ創立75周年記念事業の実行委員長として、ロシアによる侵攻で困難な状況にあるウクライナの子どもたちにコンテナ食堂を寄贈するというプロジェクトを推進しています。2025年9月、ウクライナ支援プロジェクトの具体的な打ち合わせでポーランドを訪れた際に、深い愛情に満ちたおもてなしを受けた瞬間、カナダでわたしを支えてくださったホストファミリーとの記憶が鮮明に甦りました。国や文化が違っても、そして長い時が流れても、ロータリーが根底に持つフェローシップの本質は全く変わっていませんでした。この国境を越えた温かな繋がりこそ、ロータリーでしか体験できない、人生における最も貴重な機会ではないでしょうか。そしてウクライナ支援プロジェクトもまた、かつてわたしがカナダで受け取った恩が時空を超えて形を変え、新たな幸いとして実を結ぼうとしているプロセスなのだと改めて実感しました。
今回の支援は、大阪の高槻市へ留学した経験を持つポーランドのヴロツワフノブンロータリークラブのヘンリックさんがウクライナ避難民の子どもたちのためにUkraine Kids Med Care Projectを提唱されたことが大きなきっかけです。
2024年7月2日にご逝去された近藤眞道さんは、大阪府高槻市で1300年近い歴史を持つ古刹、神峯山寺の第18世ご住職であり、ヘンリックさんが留学していた時のホストファザーでした。わたしも、そしてプロジェクトを一緒に進めている金沢ロータリークラブ会長の北川さんもローテックスとして近藤ご住職には大変お世話になり、多くのことを学ばせていただきました。それだけではなく、青少年交換プログラムの統括組織のアドバイザーとして長年に渡り力強く支援してこられた近藤ご住職は、ウクライナ戦争孤児のために活用してほしいという尊いご遺言と共に、約1万ユーロの資金を委ねてくださいました。この御遺志の重みを深く受け止めています。
近藤ご住職をはじめとする多くのロータリアンの深い愛情とご指導の下に設立されたのが、ローテックスで構成される東京北Exchangeロータリー衛星クラブです。彼らが中心となり、ロシアのウクライナ侵攻からわずか3ヶ月というスピードで支援金をポーランドへ送金しました。ローテックスのネットワークと行動力、そして世代を超えた絆が危機の中で大きな力を発揮したのです。ヘンリックと衛星クラブ、そして共に近藤ご住職の薫陶を受けた者同士がこのプロジェクトで手を取り合うことになりました。
また東京北ロータリークラブが受け入れたウクライナからの留学生クセニアさんとの出会いも、繋がりと支援の思いをさらに強くさせてくれました。クセニアさんの受け入れはまさにクラブ全体の与える精神の表れでした。紛争下にある故郷を遠く離れて過ごす彼女の不安な気持ちに寄り添い、与えるという行動がひとりの若者の人生に光を灯し、そして大きな幸いと活動への新たな動機を与えてくれました。
2024年2月17日、来日したヘンリックさんとともに神峯山寺を訪問しました。この時はまだお元気でいらした近藤ご住職にも同席いただき、ミーティングを行いました。近藤ご住職はウクライナの窮状と支援への思いに深く耳を傾けられており、日本の青少年交換の礎を築かれたご住職が背中を押してくださったこの日の話し合いが、わたしたちの結束を固める大切なきかっけとなりました。その後より確実な支援を行うため2024年11月にポーランドを訪問しました。現地のヴロツワフノブンロータリークラブのメンバーと直接意見交換を行い、その誠実な姿勢と実行力を確認できたことで、わたしたちはコンテナ食堂プロジェクトを推進する判断をしました。こうした様々な経緯を背景として、現在75周年記念事業としてプロジェクトを推進しています。
わたしたちが贈る食堂は、単なる食事の場所だけではなく、家庭の温かさを取り戻すための心の居場所となるものです。それは戦争でのトラウマを抱えた子どもたちの感情的な発達においてなにものにも代えがたい投資です。日本全国のロータリアンへ支援を呼びかけた結果、2025年9月17日時点で497万620円もの温かい寄付が寄せられました。長きに渡り育んできたメンバーとの絆が強固な支えとなり、ウクライナの子どもたちへの支援として形になりました。さらにこの支援を確固たる国際奉仕の基盤とするため、2025年12月にはヴロツワフノブンロータリークラブ、金沢ロータリークラブ、東京北ロータリークラブの3クラブにおいて正式な合意書を締結し、国境を越えた友情と協力を絶え間なく続けていくことを約束しました。これはロータリーの普遍的な価値観である奉仕、誠実、親睦を体現し、困難な状況にあるコミュニティのために手を取り合うという善意と信頼の証に他なりません。40年以上前の交換留学のご縁、神峯山寺での近藤ご住職を交えた対話、現地ポーランドでの視察に基づいた判断、なにより全国のロータリアンの皆様との固い絆によって形になったものです。
本事業を通じて、わたしは国境を越えたロータリーのフェローシップがいかに温かく、力強いものであるかを改めて学びました。志、迅速な行動、交流さらに連帯が繋がり、ロータリーの超我の奉仕というひとつの行動となりました。青少年交換プログラムが持つ価値は、このように世代や国境、さらには人間の精神を超えて受け継がれ、具体的な奉仕活動へと身を結ぶ点にあります。近藤ご住職がわたしたちに示してくださったように、個人の経験が仲間とのフェローシップを通じてロータリーの4つのテストに導かれながら、具体的な奉仕活動へと繋がっていく、わたしたちはこの素晴らしい襷を受け継いでいく必要があります。
ウクライナ支援プロジェクトは近藤ご住職の思いを胸に、この春に大きな結実を迎えます。しかしわたしたちの奉仕活動に終わりはありません。これからも価値観を共有し、喜びを分かち合う奉仕活動を続けてまいりたいと思います。春にウクライナの地で子どもたちの笑顔が輝く時、その喜びは皆様と共にあると思います。
ご清聴ありがとうございました。