「感謝とリスペクトで紡ぐ明るい未来」

国際ロータリー第2750地区 東京六本木ロータリー・クラブ The Rotary Club of Tokyo Roppongi

文字サイズ変更



卓話

2024年6月

卓話『2024年を日本再生の年に-失われた30年から復活し、新たな時代を切り拓く年に-』令和6年6月3日

日本製鉄株式会社 名誉会長 三村 明夫様

日本製鉄株式会社 名誉会長 三村 明夫様

日本はご承知の通り、経済は停滞、物価や賃金、生産性は横ばい、デフレ及びデフレマインドが支配して30年が過ぎました。30年間続くデフレは世界中どこの国も経験したことがなく、明らかに日本は異質の国であったと思います。

デフレ環境では、現状維持及び待ちの姿勢という共通の意識が育ちます。企業も家計も稼ぎを貯蓄し、投資をしません。貯蓄は金利がない世界では機会利用の発生しない安全な資産運用であり、従って賃金や製品価格の引き上げには一切威力が生じません。現状維持はぬるま湯に浸かっているようなもので心地いいですが、世界の国々では経済は成長し、物価は上がり、生産性も上がっています。この結果、世界における日本の相対的地位はどんどん下がっています。

政府は赤字国債による積極的財政及び日銀の異次元の金融緩和政策により経済に一生懸命刺激を与え、デフレからの脱却を目指してきましたが、全く成功していません。むしろ異次元な政策の副作用や自由主義経済による歪みが目立つようになりました。従って政府や日銀は、客観的に分析をして政策を打ち立てるべき時期に差し掛かったのではないだろうかと思います。ただデフレからの脱却に成功はしませんでしたが、思いがけぬ方向から救いの手が現れました。

ひとつはロシアのウクライナ侵攻をきっかけとしたエネルギー価格の国際的上昇です。化石燃料に対する投資が世界中で減り、化石燃料のスポット価格は大幅に上がりました。日本は長期契約のため直接的には価格の影響を受けませんでしたが、関連する国際商品の価格上昇と円安による円ベースでの輸入価格高騰により生産者物価は一気に10%上がりました。デフレマインドにより消費者物価に転嫁することができず、そのコストは生産者が負担するという形がしばらく続かざるを得ませんでしたが、徐々に転嫁が進み、それまでの強固なデフレマインドに大きな風穴が空くことになりました。もうひとつは人手不足です。人を集めるためには賃金を上げる必要がありますが、中小企業の労働分配率(人件費/付加価値)は70~80%と高止まりし、少ない付加価値から労務費を捻出せざるを得ない厳しい状況に置かれていました。

また、中小企業は、サプライヤーとしての地位を失うことを恐れた結果、大企業との取引価格を引き下げざるを得ず、生産性もなかなか上がらない状況の中で、サプライチェーン全体の付加価値向上、大企業と中小企業の共存共栄を目指すことを目的とするパートナーシップ構築宣言という運動が展開され、現在は中小企業の60%ほどが大企業とのフェアな取引関係に変わりつつあります。今まで大企業はコストアップを押し付けて済ませてきましたが、とうとう自分たちの製品価格も上げざるを得ないという状況になって、ようやく今物価が動き始めたということだと思います。今後、生産者物価の消費者物価への転嫁、中小企業における取引価格への転嫁はますます進むだろうと思います。従来、日本では、賃金が上がったから製品価格に転嫁するということは受け入れられていませんでしたが、徐々に意識が切り替わりつつあり、さらに日銀の政策変更により金利のある普通の国に変わろうとしています。

日本を取り巻く世界の環境は、歴史的な転換点にあります。日本が存在感のある一流国として今後も地位を保つことは絶対に必要ですが、人口減少対策、そして金利のある国への転換を同時に成し遂げなければいけません。これは日本経済の成長を再度実現する絶好の機会が訪れたとも言えるのではないかと思います。また、米中の対立問題や気候変動への対応は絶対にやらなければいけませんが、それにより日本の国際競争力が失われることのないよう、抜本的な技術開発と原子力発電の有効活用をやらなければいけないと思っています。

国立社会保障・人口問題研究所は、5年に一度国勢調査を行い、昨年4月に日本の人口が2100年にはおよそ6300万人に半減するという推計を公表しました。また民間の立場から人口減少問題の解決を目指し立ち上げた人口戦略会議は、2050年には1729ある自治体のうち、744が消滅する可能性があることを発表しました。非常に大きな批判がありましたが、わたしたちはなんとか個々の自治体で危機意識をもって頑張ってほしいと思っています。危機意識を持って努力することによって、将来にこんな日本を残すわけにはいかない、自分たちのコストでより良い次世代を残そうという運動をしているのが、わたしたち人口戦略会議の役割です。

人口が半減した中で自治体がどうなるのか、考えるのも恐ろしいことです。大事なことは、これはあくまで通過点で、出生率が2.0以上にならない限り永久に減少していきます。東京のようなブラックホール自治体でも、せっかくたくさんの男女を集めていながら出生率が非常に低いことが、結果として日本全体の出生率を下げています。予想してみてください。人口が半減すると同時に高齢化比率は上昇します。高齢化比率が40%の場合、1人の生産年齢人口が1人の高齢者を支えることになります。遠い先のように思いますが、これから生まれようとしている我々の孫世代が70歳になった時、誰に支えてもらうのでしょうか。現代を生きるわたしたちが責任を負っていることを強く自覚するべきなのです。今のまま手を打たずに迎える将来、確かな未来を予測して、それよりも望ましいと思える未来に至る道を指し示すことが、国全体として大事なことになるのではないでしょうか。残念ながら政府は、不都合な将来を指し示してきたことは一度もありません。

ご存知の通り、成長する力は、資本蓄積×労働人口×トータル生産性で示すことができます。人は生産年齢人口であると同時に消費者でもあり、生産性向上の担い手でもあります。国の成長力に重大な負の影響を与える人口減少が止まらない中で、消費マーケットが少なくなり、企業は縮小するマーケットに対して設備投資をせず、あるいは業界全体の設備能力を適正化するという事態になるかもしれません。国内マーケットが減り、企業の数も減り、経済規模が縮小することになるでしょう。そうなると生産性全体に影響を与え、過去30年経験したことのない非常に厳しい選別の時代がスタートすることになります。ここで一番有効な成長戦略は、人口増加のスピードをできるだけ引き上げることだと思います。人口増加を安定させることで経済規模の減少を救い、生産性向上と強靭化戦略を同時にやることが、マイナスをできるだけ抑える方法だと考えています。

過去30年間は、誰の責任だったのでしょうか。時代の移目において政府のリーダーシップと変革への責任は極めて重いと考えます。民主主義と結びついた資本主義の重大な欠陥は、痛みの分配が不得意だということです。この結果、数々の課題は認識していましたが、痛みの分配の必要性を強く訴えてきませんでした。防衛問題にしても人口減少問題にしても、あるいは社会保障と税の一体改革の問題にしても、問題は極めて的確に捉えられていますが、実行するにはお金が必要で、政府はこれまで国債により将来にツケを回してきました。政府が今やるべきことは、我々の負担で解決しようじゃないかと問いかけることだと思います。

また、企業は過去20年間、収益率を上げてきました。しかしそれは賃金を支払わず、設備投資をせず、本来払うべき取引先に対してフェアなコスト負担をしてこなかった結果です。そして積み上げてきた収益を、現預金の積み上げ及び株主への対策に講じてきました。企業は、今まで30年間とまったく違う世界が訪れるという意識の切り替えをしなければいけないと思います。

今までは企業が人を選んできました。ところがこれからは人が企業を選ぶ時代に必ずなります。このような重要な切り替えの時期には、企業は転換が必要で、寄るべき軸が必要です。こういう時だからこそ、企業理念の重要性を強く協調したいと思います。

ご清聴ありがとうございました。



▲ PAGE TOP