卓話
2023年2月
卓話『経営戦略としてのダイバーシティ・マネジメント』令和5年2月6日
NPO法人J-Win 会長理事 内永 ゆか子様
人権問題として女性も男性も同等に扱い、チャンスを与えようということは当然のことではありますが、経営としての「多様性」、そしてその第一歩である「女性」ということが極めて大切だということを強いて申し上げたいと思います。日本における多様性、女性活躍の現状や問題点について、経営戦略としてのダイバーシティ・マネジメントという題目でお話をさせていただきます。
World Economic Forumでは、健康面、教育、政治、ビジネスにおけるジェンダーギャップのランキングを毎年公表しています。2021年度に日本は146ヶ国中116位でしたが、実は女性活用やダイバーシティという言葉すら聞くことが少なかった2010年には94位でした。安倍元総理が女性の活躍ということで一生懸命活動した時代を経てもランキングは下がっています。わたしが憂慮していることは、日本国内では絶対的に進んでいるにも関わらず、相対的には落ちているということです。女性活躍やダイバーシティについて、なぜ世界はこの10年間一生懸命に推進してきたのでしょうか。
今から20数年前、わたしがまだ日本IBMにいた頃、トーマス・フリードマンが書いたThe World Is Flatを読んだ際、目から鱗が落ちました。「これからの世界は今までとガラッと変わる。テクノロジーの進歩は半端ではない。競争に勝つためには、ビジネスモデルを変えるしかない。」例えば今までは時間や距離、国境や人種などの色々な壁があり、同じビジネスをやっていてもお互いにテリトリーはありました。さらにこれからは、安くする、クオリティを上げるということでは競争には勝てず、固定電話から携帯電話、スマホへとモデルチェンジし、世界の情報やビジネスと繋がることができるようになったようなことがどこでも起きるのだと彼は言っています。今の機能をどう良くするのか、どのようにコストを下げるのか、もうそんな時代ではないということです。またテクノロジーは半導体技術の進歩によって急速に変わってきており、ムーアの法則によると10年間で100倍良くなると言われています。さらにネットワークは10年間で1000倍と言われていますから、今必要だと思っているビジネスやニーズは不要となり、必然的にビジネスモデルを変える必要が出てきます。しかし成功した企業は今のビジネスモデルが沁みついているため、これまでの成功体験にまみれていない違った価値観を持った人たちを経営の中に入れていかなければ会社は変われません。今の若い人の情報収集や発信の能力は格段で、且つやる気があれば起業家マインドを持った新しいイノベーターとなれるのですが、この人材を企業としてどう活用していくのかが重要です。多様性ということがこれから経営陣にとっては避けて通れない必須の条件で、今まで大成功してきた企業が、新しい人材活用や環境の中でどのようにビジネスモデルを変えていくのかが実は大きな課題であると思います。
組織体系に関しても、10個のアイデアを1個に絞る20世紀型モデルから、21世紀型モデル(ヒューリスティックタイプ)へと変わりつつあります。本当の意味でのダイバーシティとは会社を変えるためであり、発想やバックグラウンド、価値観が違う人たちが必要ですが、日本のようにモノカルチャーが強い文化においての変革はなかなか難しく、優秀な人を集めてヒューリスティックに変えようとしても上手くいきません。しかし会社には成功を経験しておらず、能力がある人が3割ぐらいはいるのです。それは女性です。女性だから優秀だと言っているわけではありません。しかし優秀な女性が3割いれば、彼女たちをチェンジエージェントとして是非活用して欲しいのです。わたしは、女性はダイバーシティのリトマス試験紙だと思っています。たまたま女性はマイノリティの塊で、男性はマジョリティの塊で、それが日本を支えてきました。しかしここで変化を起こそうと思ったら、マイノリティのほとんどを占める女性を活用しない手はありません。海外の人を入れると確かに多様性はありますが、企業とビジネスの知識があり、文化や社風に慣れている人が入ったほうがリスクは少ないというメリットもあります。
テクノロジーの進歩、ムーアの法則は、これからまだ10年20年続きます。今あるテクノロジー、今あるビジネスのやり方、今あるルールは10年後にはないと思ってください。それは皆さん過去の10年20年で経験されていると思います。確かに今あるものでいかに良くするかということは、今日、明日、明後日の話としては必要ですが、会社としての長期計画を考える時には3年ぐらいのスパンで考えていかなければ、世の中の変化に追いつけません。そしてここで必要なのが女性なのです。
わたしが腹落ちした理由は2つあります。ひとつは、White Anglo-Saxon Protest東海岸の超エリートがずっと引っ張ってきたIBMがどん底になった時に立て直しを行ったルイス・ガースナー(IBM会長 兼 最高経営責任者)の言葉です。彼は初めてダイバーシティという言葉を使い、46万人いた社員を16万人までリストラしました。ガースナーは、「ダイバーシティということをやらない限り、IBMはcultureが変わらない、会社のpriorityが変わらない。どんなにテクノロジーや組織や仕組みを変えても立ち上がれない。」と言いました。そしてもうひとつは、日産がルノーの傘下に入った時に志賀さん(日産自動車 最高執行責任者)が言った言葉です。「自分達は今までいっぱい議論していっぱい施策をやったけれど、日産の成功体験という額縁の中からしか見ていなかった。」額縁なんかどこにもなく、とんでもないアイデアや発想こそ大切なのだと気が付いたと仰っていました。わたしにはこの2つの言葉が大きかったです。
ダイバーシティの取り組みにわたしがアサインされた時、女性社員の割合は13%で、管理職は1.5%でした。彼女たちは、日本IBMの教育も仕事のアサインメントも差別はなく、だから今更女性活用なんて嫌だなんて言っていました。問題点としては、まず女性自身が仕事に対しての将来像をきちんと持っていないこと、そして仕事、家事、育児のワークバランス、さらにオールド・ボーイズ・ネットワーク。まずはこの3つの問題を解決しようということで、2001年には今で言うテレワークを取り入れました。時間も場所も自由に、仕事の結果で評価をし、情報と業務プロセスの見える化や共有化を全社で行ったのです。そして、男性のみのコミュニティであった、成功した組織や企業の中で培われてきた約束事やルール、暗黙の文化や雰囲気に対しては、会社の中で女性社員をどう育てていくのか、キャリアを上げるとはどういうことなのかを説明しました。その結果、結構ですと言った人ももちろんいました。しかし会社の中で頑張りたいと思うのであれば、キャリアという馬に乗り続けなければいけないのです。
NPO法人J-Winをスタートして16年が経ちました。わたしが女性たちに伝えたことは、「キャリアという馬に乗ったら降りるな」ということです。苦しい時もある、嬉しい時もある、失敗もある、成功もある。しかしキャリアという馬に乗り続ければ、必ず景色が変わります。そしてたくさんの男性に、マイノリティとはどういうことかを経験して欲しいと思います。
ご清聴ありがとうございました。