卓話
2020年12月
卓話『コロナ禍を生き抜くエンターテイメント・ビジネス』令和2年12月14日
ユニバーサルミュージック合同会社 社長兼最高経営者 藤倉 尚様
わたしはユニバーサルミュージックのCEOを務めて7年になり、来年から8年目に入ります。我々の会社の源流は130年ほど前に蓄音機を発明したエミール・ベルリナーに遡ります。現在はクラシック、ジャズ、ポップスなど、今世界60の国と地域に事業を展開をしています。2022年にはアメリカで上場する予定です。
我々の仕事は、才能のあるアーティストや若い力を見つけて世の中に届けることです。日本の1億2000万人、世界の77億人に聴いてもらうにはどうしたらいいのかという試みもしています。本業は才能を見つけることですが、それをCDにしたり、色々な形で音楽を伝える仕事もしています。それと同時にコンサートの運営やマーチャンダイジング、アーティストのイメージするような作品を作り、世の中に送り届けています。
2017年までは社員の66%が契約社員でした。外資系企業でありながら、それを100%正社員化し、フレックス制度の導入やフリーアドレス、座席を自由にというようなことを、日本の企業としていち早く取り入れました。2018年に青山から原宿へ引越しをした際には、日経新聞よりニューオフィス賞を受賞しました。
よく音楽業界は斜陽産業だと報道されますが、全くそのようなことはなく、ソニーミュージックやワーナーミュージックなど全体の原盤ビジネスだけで1兆8000億円の売上があります。フィジカルとはCDやDVD、ダウンロードは所有するデジタルのことで、中でもストリーミング(聞き放題)のサービスが増えています。2019年に1兆8000億円のグローバルマーケットになりましたが、実はゴールドマン・サックスの2030年の予測では4.5兆円になるといわれています。そのぐらい今エンターテインメントビジネス、音楽ビジネスは成長しています。ただ日本はフィジカルが強く、デジタルが少し遅れているということもありますが、しかし今年もすごい勢いで伸びています。
1兆8000億円のマーケットのトップ5はアメリカ、日本、イギリス、ドイツ、フランスで、5年前と変わっていません。しかし韓国はアーティストやミュージックカンパニーやプロダクションを国がサポートした結果、BTSをはじめたくさんのアーティストが世界で活躍し始めています。中国は元々著作権に対する意識が薄く、音楽でマネタイズすることは難しいと言われていましたが、習近平さんがトップに立ってからがらりと変わりました。IP戦略、知的財産で世の中に拡げていくことを明確に国の戦略に入れ、10年前には30位だったランキングが7位まで伸びています。
韓国のBTSというアーティストは、音楽業界の歴史を変えました。通常グローバルスターはアメリカかイギリスのアーティストが売れて世界に拡がることが常で、例外はありませんでした。唯一例外だったのが、1963年の「上を向いて歩こうSUKIYAKI」で、アメリカのBillboardというチャートで1位を獲りましたが、それは57年前のことで、それ以来何も起きませんでした。しかしBTSがアメリカのタイムの表紙で大きく取り上げられたり、国連で「若い力で世界を変えていきたい」と発言することにより、ものすごい広がりを見せ、来年2021年1月に行われるグラミー賞では、主要部門にノミネートされるという偉業を成し遂げています。
コロナの影響で見ますと、ライブやコンサートなどの市場は今年に入りまして6900億円のマイナスの見通しで、前年の年間売上の77%に相当する額が失われたことになります。CD市場に関しても、前年比で13%のマイナスの見込みです。
そんな中ユニバーサルミュージックは、コロナ禍に入ってから、1)アーティストと社員の健康維持を最優先し、2) 取引先や関わる人全てとの信頼関係を維持し、3)音楽業界のリーディングカンパニーとして責任を果たすという、3原則を掲げました。
健康維持の観点からは、在宅勤務制度を導入しました。実は東京オリンピックの関係で、2019年から在宅勤務のシステムを準備しており、何も問題なく仕事をすることができました。10月からは正式に、自分の仕事が成り立つのであればどこで仕事をしてもいいということに決め、自主性を大切にしています。そして在宅勤務を補う形として、オンラインでの全社集会などの新しい取り組みを具体的に行ってきました。
ステークホルダーとの信頼関係を維持するには、我々は可能な限り音楽経済を回していかなくてはなりませんでしたが、国からの要望によりコンサート等は危険だという意見がありました。苦しい思いでしたが、オンラインでライブを行ったり、アーティストとコミュニケーションをとれる形を作りました。そしてレコーディングもオンラインで行い、90%ぐらいのアーティストは予定通り作品を発表することができるようになりました。
企業として社会的な責任を果たすという観点から、ユニバーサルミュージックグループは医療従事者の方へマスクの提供をいち早く行い、またドネーションという形で基金を集め、音楽業界で困っている人に寄付を行いました。そして日本でも、DREAMS COME TRUEのヒット曲「何度でも」をテーマソングとして、医療従事者を応援するという活動も行っています。
コロナ禍は苦しいというだけではなく、ピンチはチャンスだと思いたいです。歴史を紐解くと、ペストが大流行した中で医療が革新的に伸び、死生観が変わる中でルネサンスという文化が拡がりました。そこでシャンソンという音楽のジャンルが生まれ、世界中で聴かれるようになりました。スペイン風邪が流行した時はラジオが世界中で聴かれ、ジャズが世界中に拡がりました。今回のコロナ禍で新しい音楽のトレンドを作りたいと思っています。現実に、ユニバーサルミュージックに所属している久石譲さんの音楽が世界中で聴かれています。また鬼滅の刃などのアニメやコミックなどの日本の素敵な財産も、新しい文化の潮流として世界に届き始めています。
我々が本当に成し遂げたいことは、コロナの今、ピンチではありますが、世界中の人が在宅で家にいる可能性が高い中、デジタルで繋がっている今、日本の音楽を世界に届けることです。新しい才能を見つけ、素晴らしい曲をアーティストと共に作り上げ、皆様に少しでも幸せになっていただける一助になれば幸いです。
ご清聴ありがとうございました。