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卓話

2024年1月

卓話『フェイクニュース時代を生き抜くために必要なスキルとは』令和6年1月22日

スマートニュース メディア研究所 所長 山脇 岳志様

スマートニュース メディア研究所 所長 山脇 岳志様

スマートニュースは、スマートフォンでダウンロードできるニュースアプリを運営しています。ユーザー数は日本のニュースアプリではトップで、アメリカにも進出しています。私が所属するメディア研究所は、2018年、テクノロジーやメディアが社会や人々を幸せにするにはどうあるべきかを研究する目的で設立されたシンクタンクで、それに沿った研究を行うほか、メディアリテラシー教育や世論調査を実施しています。

私は、大学を卒業してから34年間、新聞社に勤めていました。アメリカに駐在していた2016年には、トランプ氏が当選した選挙を取材しました。その時、フェイクニュースの爆発的な広がりや、アメリカの世論やメディアの分断が目に見えて進む姿をみて、大きな衝撃を受けました。日本に帰国後、日本の分断とメディアとの関係性に関心を持ち、客観的な世論調査をしたいと考えました。また、分断を緩和する一つの方策として、多角的に物事をみる「メディアリテラシー教育」の重要性に気づき、それが2020年にスマートニュースに転職するきっかけとなりました。

本日は、「フェイクニュース時代を生き抜くスキル」をテーマにしていますが、まずは、フェイクニュースの実例について、いくつかご紹介します。2016年にトランプ氏が大統領に当選した時、ローマ教皇がトランプ氏を支持したというフェイクニュースが流れました。またコロナ禍には、イランで、メタノールがコロナに効く、というフェイクニュースが流れ、それが元800人以上の方が亡くなりました。2024年能登半島地震でも、悪質なデマがSNS上で広がりました。フェイクニュースは、ニュースにとどまらず、社会に実害を及ぼすことが増えています。

虚実を見極めることは難しいですが、手段がまったく無いわけではありません。例えば、アメリカ図書館協会が提唱しているCRAAPテストを、日本語訳(法政大・坂本旬教授による)した「だいじかなチェックリスト」というものがあります。(発信者は)「だ」れか・(発信時期は)「い」つか・「じ」(情報の)参照元はあるか・(自分と)「か」んけいはあるか・(その情報は)「な」ぜ発信されたのか(情報発信の目的は何か)を考えてみると、その情報が不確かだったり、虚偽であることが分かるケースもあります。もちろんこれで全てがわかるわけではありませんが、判断したり、人に情報を広める前に、「一度立ち止まって考える」ことは重要です。

また、スタンフォード大学の歴史教育グループが提唱している「横読み」という技術も役立ちます。あるサイトを、上から下まで読んでも、そのサイトに書かれた内容が本当か嘘かは分からないことは多いです。一つのサイトを上から下に縦に読んでいくのが、「縦読み」ですが、サイトを綺麗に作れば、たとえ偽の情報であっても、あたかも本当であるかのように見えてしまいます。一方で、「横読み」は、検索をして出てきた結果を、次々とタブで横に、どんどん開いていきます。情報について、様々なサイトで、つまり多角的に検証していきます。「横読み」によって、虚偽を見抜けるケースもあります。

しかし生成AIの発展は、ますます虚実の見極めを難しくしています。昨年の米国ユーラシアグループの発表した「世界10大リスク」の第3位に、生成AIによる混乱が挙げられていました。生成AIによって、簡単にリアルな文章・画像・動画の作成が可能になっています。見分けのつかないフェイクが一層拡散されることになるでしょう。

では、生成AIとどう付き合えばいいのでしょうか。ChatGPTについていえば、「パーソナルアシスタントとして付き合うのがいい」と情報学の専門家は話しています。ただ、友達であれ、優秀なアシスタントであれ、全く間違わないということはないし、バイアスもあることを知っておくのは重要です。生成AIの間違いを見抜くには、使う側にベースの知識も必要ですし、「問いをたてる力」も重要になってきます。

「虚実の見極め」について、少し違う観点から考えてみましょう。イスラエルの有名な歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、「わたしたち人間は虚構の物語を創作して、それを信じる能力のおかげで世界を征服した。したがって、私たちは、虚構と現実を見分けるのが大の苦手だ」と言っています。例えば「民主主義」という概念は、目に見えません。もちろん大事な概念ですが、動物同士が「民主主義」をめぐって戦うことはありません。私たち人間は、虚構の物語を創作して団結するという能力のおかげで発展したがために、虚構を見抜くのが苦手だというハラリの見方は、「なるほど」と思わされます。

フェイクニュースがあふれる現代において、「メディアリテラシー」の注目度が高まっています。主な理由は3つあると思います。1つ目は、ソーシャルメディアやスマホによって誰もがメディアになっているということ。2つ目は、AIやアルゴリズムによって、人々が見たい情報しか見えなくなる「フィルターバブル」現象に陥りやすくなっていること。3つ目は、世界的に戦争が起きたりコロナが広がったりしたことで、私たちが不安な状況におかれ、虚偽情報や陰謀論などが広がりやすくなっているということです。

では、「メディアリテラシー」とは何なのでしょうか。「メディアリテラシー」は、多義的な言葉で、学者によって定義が異なります。専門的な定義は難解なところもあるので、研究所では3つのわかりやすいポイントでお伝えしています。

1つ目は、「すべてのメディアメッセージ、情報が再構成されていることを意識すること」です。同じ場面でも切り取り方によって印象が大きく異なります。これはマスメディアだけでなく、誰もがやっていることです。Instagramで美味しそうな料理の写真をアップする際に、綺麗に見えないものが机の上にあったら、それを写さないようにしますよね。そもそも、情報の全てを人にそのまま伝えることは難しく、情報は切り取られたり、再構成されていることを意識することは重要です。

2つ目は、「クリティカルシンキングの大切さを自覚すること」です。クリティカルシンキングという英語は、一般的には「批判的思考」と訳されています。ただ、クリティカルシンキングの本質は、人を「批判すること」ではありません。いろんな立場から情報を多角的に検討したり、熟慮したり、自分の理解が本当に正しいだろうかと内省したりする思考のことです。「批判的思考」という訳語は、誤訳に近いのではないかと思います。私が、法政大学の坂本旬教授と一緒に編集したメディアリテラシーのテキストブックでは、クリティカルシンキングを「吟味思考」と訳しました。

3つ目は「メディアの仕組みについて理解すること」です。特にデジタルメディア、SNSのアルゴリズムの理解が重要だと思います。アルゴリズムとはコンピュータの処理の基本で、計算式・手順のことです。Googleの検索結果の表示順やAmazonのおすすめ商品リスト、SNSの投稿の表示順など、すべてにアルゴリズムが使われています。(その人が)それまでに入力したデータや検索履歴、「いいね」などに基づいて、どんな情報を優先して画面に表示するかもアルゴリズムによって決められます。

1年間に世界を流れる情報量は、世界中に存在する砂粒の数の44倍と言われており(2020年時点)、自分から自分が必要とする「砂粒」のような情報を見つけにいくことはほとんど不可能です。アルゴリズムは、そこにフィルターをかけ、手元に届く情報を少なくしてくれるありがたい存在でもあります。しかし同時に、好みの情報以外に触れにくくなる(これをフィルターバブルといいますが)デメリットもあります。その特性によって、いったん、たとえばYouTubeで陰謀論的な動画に触れてしまうと、アルゴリズムによって、どんどん同じようなお勧めの映像を示され、ますます、陰謀論への確信を深めてしまうということが起きがちです。自分の好みの情報や、刺激の強い情報に時間を費やしすぎると、食べ物でいう「偏食」、「情報の偏食」に陥ってしまいます。

人間は、ふだん、直観で判断しがちです。瞬時の判断が必要なことは多いのは事実ですが、時々は、熟慮思考(クリティカルシンキング)をしようというマインドを持つことは大事だと思います。不安になる状況が多い時代ですから、わたしたちはつい、何事においても情報が正しいか間違っているかを決めたいと思ってしまいます。しかしながら、世の中には、正しいか間違っているかが不明な、「グレー」な情報も、実際には多いわけです。グレーな情報に接したとき、その無理に正誤を判断する必要はないと思いますし、グレーな情報は、人に広める必要もありません。京都大学の佐藤卓己教授は「『あいまいさに耐える力』もメディアリテラシーである」と話されていますが、私も同感です。

また、カリフォルニア大学の教授の調査によると、政治的な知識を多く持つ若者のほうが、自身の信念にそぐわない事実について、事実であるにもかかわらず、不正確だと認識する傾向にあったことが明らかになりました。これは、知識があるゆえに、自分の判断能力を「過信」してしまうことによる「落とし穴」なのだと思います。メディアリテラシー教育を受けた人たちは、自分の信念と違っていても、事実は事実として認識する傾向があったそうです。

フェイクニュース時代を生きていくためには、「だいじかな」といった一定のテクニックや、メディアやSNSが使うアルゴリズムについての知識を持つことは重要だと思います。ただ、それでも虚実を見極めることは難しいのが現実です。

真に必要なスキルは、情報があふれかえる時代に対する「向き合い方」や「態度」なのではないでしょうか。すなわち「情報の偏食」に気をつけ、時々クリティカルシンキングを行うこと。全ての情報に白黒をつけすぎず、あいまいさを容認していくこと。そして自分の判断の能力を過信しないこと。そのような「日常の態度」が重要なのではないかと思います。

本日はご清聴ありがとうございました。



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