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国際ロータリー第2750地区 東京六本木ロータリー・クラブ The Rotary Club of Tokyo Roppongi

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卓話

2018年1月

卓話『日本とフィンランド:今までにないほど良い関係』平成30年1月29日

ユハ・ニエミ様

フィンランド公使参事官 公使参事官 ユハ・ニエミ様

フィンランドは北欧の国です。隣にスウェーデン、ノルウェー、ロシアがあります。規模から言いますとフィンランドはそれほど大きな国ではありません。現在国の総人口は555万人です。しかし国土面積はそんなに小さい国ではなく、実は日本とほぼ一緒です。歴史的には我々が独立を果たしたのは101年前の1917年です。それまでフィンランドは約100年間ロシアの一部で、その前はスウェーデンの一部でした。1917年までフィンランドという国は一切存在しませんでした。どうやって急にフィンランドという国家が出来たかと言うと、いろいろな歴史的背景がありますが非常に大きな理由は、国民にしっかりとフィンランド人だというアイデンティティがあったことです。それは、ほとんど世界中で喋られていないフィンランド語の役割が大きいと思います。フィンランド語は、他の北欧の言葉と全く関係のない言葉です。ロシア語あるいは他のスラブ系の言葉とも無縁です。こういった珍しく、ほとんど喋られていない言葉がその地域に住んでいた人たちに共有されて、それによってしっかりとしたフィンランド人のアイデンティティが独立する前から既にできていました。

そして経済的な面から見ますと、フィンランドは日本と同じく裕福な先進国の中に入っています。最も盛んな産業はIT産業です。また鉄鋼、紙、パルプ関係に強みがあります。フィンランドは様々な国際ランキングで高い評価を受けています。具体例を申し上げますと、国際競争力ランキングで現在10位まで落ちたのですけれども、それまでは何年間もトップ3に入っていました。特にイノベーション力、IT応用力がフィンランドの強みとして指摘されています。また、教育制度も良い評価を受けていて、特にOECDで3年毎に行われる学力調査でフィンランドは世界6位です。今はアジア勢や日本に追い越されましたが、過去には何年もトップに立っていました。しっかりとした教育制度があるからこそ、我々は人的資本ランキング、あるいは男女平等においてはかなり高い評価を受けています。私が個人的に誇りに思っていることは、フィンランドはほとんど腐敗や汚職のない国なのです。そして報道について、もっとも自由な国のひとつです。要するにムーミン谷みたいなものなのです。そこで住んでいる生き物は好奇心たっぷりで冒険心もあるけれども、住んでいる環境は安定した平和的なものです。

日本とフィンランドには気候や、文化などいろいろな違いがあります。しかし意外に共通するところも少なくないのです。我々は基本的な価値観を共有する国同士です。両国とも、しっかりした民主主義の国であり、人権を尊重しています。国際情勢においては法の支配という原則、重要性を訴えている国でもあります。また、科学技術やイノベーションにおいて、いくつかの最先端技術の研究開発活動がハイレベルという共通の強みがあると私は思っています。そして我々は同様の課題を抱えています。具体例を挙げますと、ひとつは安全保障環境が悪化していること、もうひとつは少子高齢化です。これをどうしたらよいのか、意見交換や共同研究をこれからやっていけばお互いの為になると私は思っています。

日本とフィンランドの関係の重要な進展について説明させていただきます。まず一つ目は物理的な繋がりです。私が初めて日本に来た1994年当時、日本とフィンランドを結ぶ直行便は1週間で2本しかありませんでしたが、現時点においては1週間に35本に増えました。これによって日本からフィンランド、フィンランドから日本への観光がずいぶん増えました。それだけではなく、実はこういった便利なフライトコネクションが日本とフィンランドのあらゆる関係発展に大きく貢献していると思います。

二つ目は人と人の繋がりです。これはいくつかの側面がありますが、ひとつ重要なのは、お互いの持っているイメージです。フィンランドの日本でのイメージは非常にポジティブです。私が初めて日本に来た時は日本でフィンランドといえば、ムーミン、サンタクロース、オーロラ、シベリウス、スキージャンプぐらいでした。今はこの基礎の上にいろいろな要素が加わりました。例えば教育のレベル、男女平等、デザイン、ファッションなどです。フィンランドの日本でのイメージはかつてないほど良くなっていると思います。しかも一方通行ではありません。日本のフィンランドでのイメージも非常にポジティブなのです。日本のソフトパワー、漫画、アニメ、食文化などに魅了された人は海外で非常に多く、フィンランドも例外ではありません。近年日本に対して関心が高まっています。この人と人との繋がりにおいて最も重要なのは、教育機関のパートナーシップの増加です。現在日本とフィンランドの大学の間に100以上のパートナーシップ協定が結ばれています。それによって留学できるチャンスや、また共同研究を行うチャンスが随分増えてきたのです。

三つ目は公式の関係です。両国の関係はずっと良好でしたが、特にこの1,2年でさらに深まっています。2016年に安倍首相とニーニスト大統領が戦略的パートナーシップ共同声明を発表しました。これは日本とフィンランドが共に関心を持った、あるいは利害が一致した分野を取り上げて、その分野で更なる協力を呼びかける文書です。この共同声明は公式関係の発展の原動力になり、方向性を示すものでもあります。対象分野は政治、安全保障課題から経済貿易、科学技術、教育と国際的な時事問題まで多岐に渡ります。

私は日本とフィンランドの関係の将来は非常に明るいと思っています。物理的な繋がりの強化と、人と人の繋がりの強化、そして政府間の強い意志で引っ張られているのですから。キーワードとしては親近感と相互利益だと私は思っています。

ありがとうございました。

卓話『可能性への挑戦』平成30年1月22日

舞の海様

NHK大相撲解説者 舞の海様

相撲は伝統文化、伝統芸能、神事、それから争いごとが起きないように秩序を保ちましょうということで、途中から武士道精神も取り入れながら、この約1400年を奇跡的に生き延びてきました。奈良平安時代は宮中で相撲が取られました。外国から大使が来ると、宮中で相撲を披露します。鎌倉時代は武士たちが戦の為に身体を鍛えておかなければならないので、相撲を取り入れます。室町時代に衰退しますけれども、織田信長が相撲が大好きで上覧相撲というものを開いてくれてまた復活します。江戸時代は戦がないですから、各藩の大名たちが強い力士を抱えて、江戸や京都、大阪で相撲をとらせます。自分の抱えている力士が勝てば大名の自慢になりました。最大のピンチは明治時代で西洋からいろんな物が入って来ます。考え方まで変わります。いつの間にか相撲は、野蛮な裸踊りに過ぎないのではないかと見られるようになってきます。もうこれで終わっていくのだろうなと思っていたら、ありがたいことに明治天皇が天覧相撲を開いてくれまして、また盛り上がって見直されていきます。

世界には沢山相撲がありますが、日本の大相撲のように、神事を取り入れ、精神を取り入れ、そして見た目の美意識、絢爛豪華さ、いろんなものを兼ね備えて、これだけ支持されているものは、他には無いのではないかと思います。

私は大学を卒業して山形で高校教師をする予定でしたが、卒業する2か月前に後輩が亡くなりまして、それが相撲界に入る切っ掛けになりました。後輩は病気だった訳ではなく昼寝をしていたら、そのまま亡くなりました。人間というのは常に死と隣り合わせなのかもしれない、このたった一度の人生、本当にやりたいことに挑戦しようと考えました。それが大相撲でした。

私の身長は169cmですが、当時の新弟子検査の身長の基準は173cmでした。1,2cmだったら誤魔化せるが、4cmとなるとある程度相撲協会の中で偉い親方じゃないと根回ししてくれないだろうと、大学の相撲部の監督に相談して紹介された横綱佐田の山親方の出羽海部屋に入りました。3月に大阪で春場所があり、その直前に新弟子検査がありましたが不合格になりました。ショックで部屋に戻って、佐田の山さんに落とされた事を伝えると嬉しそうなのです。私は頭に来て、このまま大阪にいても初土俵を踏めないと思い、誰にも言わずに一人で東京に戻りました。次の新弟子検査は5月場所の直前、2か月後です。この間になんとかしなければならないと病院の先生に相談すると、頭にシリコンを入れてみませんかと言われました。手術には4時間近くかかり、激痛で3日間眠れませんでした。そして2度目の検査でやっと合格し、晴れて日本相撲協会の力士となることが出来、正式に出羽海部屋に入門して9年半の力士生活がスタートしました。

相撲の世界というのは決まりがあって無いようなものなのです。どの部屋の親方も、うちの部屋からちょっと身長足りないのが受けるけど、一つ頼むよと言えばみんな合格なのです。ある時、師匠である佐田の山に、なぜ最初の新弟子検査で根回ししてくれなかったのか聞くと、「お前はせっかく就職が内定していた。そしてこの世界でやっていくにはあまりにも小さすぎる。余計な苦労をするよりも就職した方が、お前の為になると思った。そこで一度検査を落ちれば、諦めて帰るだろうと。本当にその身体でやる気があるのであれば、一度落ちても必ず戻ってくると思っていた。」そう言われてハッとしました。これはどうやら本当に挑戦したいのか、単なる憧れだけで押しかけてきたのか、私の覚悟を試したのだろうなと思いました。

この佐田の山の指導で、よく言われたのが「勝っても威張るな、驕るな。負けても僻むな。勝負が終わったら、ふて腐れた態度で帰ってくるな。勝った力士は感謝、負けた力士はもう一度鍛え直してきます。そういう気持ちで礼をしなさい。」という言葉です。

厳しさの中に寛容でユーモアのある親方でした。幕下から十両に上がった、新十両の初日に渋滞に巻き込まれて土俵入り出来ず、相撲だけはなんとか間に合って勝ってしまいました。大変な事してしまった、これは解雇されるのかなと思いながら、次の日の朝、稽古場に下りると佐田の山さんが「お前昨日何故勝てたかわかるか。土俵入りに遅刻したから緊張しないで相撲が取れたのだ。だから今日も遅刻してみろ。」と笑いました。また、お金に困って借りた後、給料が入って直ぐに返しに行くと、「何の事だ、お前に貸した覚えはない」と言うのです。これは、そんなことはいいから相撲を頑張りなさいという意味で、なんと粋な人なのだろうと思いました。そんなことをされると、自分の為だけではなく、この師匠の為に、そして部屋の名誉の為にもっと精進しなければならないなと士気が高まるのです。人の心を動かす、生きたお金を使うというのはこういう事なのかなと考えさせられました。

肝心な相撲は何も教えてくれません。それどころか、お前は好きにやっていいぞと言うのです。じゃあ、飛んだり跳ねたりしていいのですか、と言うと、お前だけは許すと。それで自由な発想で、いろんな作戦を立てることが出来ました。

今は頭にシリコンは入っていませんが、今でも痛むことはあります。でも後悔はしていません。やっぱり何かに挑戦しようとするときは、何かを犠牲にしなければならないのかなと思います。ありがとうございました。



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