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国際ロータリー第2750地区 東京六本木ロータリー・クラブ The Rotary Club of Tokyo Roppongi

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卓話

2016年9月

卓話 『憲法9条と新たな安全保障制度』平成28年9月5日

阪田 雅裕様

弁護士・元内閣法制局長官
阪田 雅裕様

今日は去年成立した安保法制と憲法9条との関係についてお話しします。

まず政府と憲法の関係です。毎年、新しくできる法律の約8割は政府提案によるもので、政府は法律案を作るとき必ず憲法に合っているかどうかをチェックします。ですから憲法の解釈、特に9条の解釈は圧倒的に政府が主導してきました。建前では憲法の有権解釈権は最高裁にありますが、実際に最高裁で憲法の解釈が示されるされることは多くありません。憲法裁判所と違って最高裁は抽象的な法令の違憲審査権を持たないこと、高度に政治的な問題は裁判所の司法審査権の外にあるという考え方を取ってきたことなどが理由です。自衛隊と9条の関係について最高裁の判断が示されたことも一度もありません。

憲法9条第1項には、戦争をしない、武力行使は永久に放棄するとあります。実はこれは日本国憲法に特有のものではありません。第一次世界大戦後、列強諸国が決めた不戦条約にも9条第1項とほとんど同じ趣旨が書いてあり、国連憲章も同じです。日本国憲法が特異なのは第2項です。戦力を持たない、交戦権を否認すると書いてある。これはほかの国の憲法にはありません。

戦力を持てないはずの憲法のもとでなぜ自衛隊が存在するのか。その理由を一言でいえば、憲法は9条だけで出来ているのではないということです。憲法の最大の役割は統治権力に国民の権利、利益を守らせることです。たとえば第13条には国民の生命自由及び幸福追求の権利は国政の上で最大の尊重をするとあります。とすると9条は、万一日本が外国の武力攻撃を受けて国民の生命や財産が奪われようとしている場合に、政府が指を咥えて見ていることまでを求めているわけではない。そういう理(ことわり)のもとに、自衛隊は外国による武力攻撃を排除するための必要最小限度の実力組織として存在が認められてきた。つまり専守防衛の組織であって、自分の国が攻められていないのに出かけて行って武力を行使することまでは許されない。そこが日本の平和主義が外国と異なる唯一の点です。これは内閣法制局だけではなく、安部さん以外の歴代の総理、防衛庁長官も外務大臣も異口同音に言ってきたことです。

今回、新しい9条の解釈は次のようになりました。我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合、これを存立危機事態と名付けていますが、その時に限って集団的自衛権を使って攻められている外国を助けに行くことだけができる、というものです。ですが、政府が60年も言い続け、定着している憲法9条の解釈をなぜ今、変えなければいけないのか。安倍内閣は安全保障環境が変わったからだといいます。確かに中国が軍事力を増強し、尖閣が脅かされている。北朝鮮もミサイル技術を進化させた。でもこれらは全部個別的自衛権で対処できる話。アメリカからちょっと手伝ってくれと言われたとき、これまでのように憲法9条がありますからと言って断れるのか。この安保法制によって自衛隊が海外の紛争に関わることにならないかどうか、しっかりウォッチする必要があると思います。



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