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国際ロータリー第2750地区 東京六本木ロータリー・クラブ The Rotary Club of Tokyo Roppongi

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卓話

2016年7月

卓話 『心如工画師 心は工みなる画師の如し』平成28年7月25日

北河原 公敬様

東大寺 長老
北河原 公敬様

こんにちは。私は東大寺の人間で220世別当と紹介いただきましたが、今はそれも終えて長老という立場と、もう一つ皆様と同じようにロータリークラブに所属しております。

今日のテーマは「心は工(たく)みなる画師の如し」です。私たちはうまい絵は描けなくとも心の中では東山魁夷さんに負けないくらいの絵を描くことができます。ただし描き方を間違えると鬼や悪魔になるかもしれない。そんな心のことをお話しようと思います。

そもそも心とはどういうものか。私たちはそれぞれ心を持っていて、いろんなこと、いいことも悪いことも心の中で考えます。私たちは煩悩の多い人間であり、また私たちの心は掴みどころがありません。臨済宗の祖である栄西、エイサイともヨウサイとも読み、京都の建仁寺の開山で、東大寺が源平の戦いで灰燼に帰したとき復興のために勧進をした人ですが、彼は心について、天は限りがない、だけど心はそれ以上に限りがないと言っています。太陽の明るさを超えるものはないが、その光でさえ心を超えることはできないとも言っています。心は極まりなく掴みどころなく広大無辺。そういう心を我々みんなが持っている。私ども東大寺は華厳宗を名乗っていて経典は華厳経ですが、その中に出てくるのが唯心偈(ゆいしんげ)です。ちょうど100文字で百字心経とも言っております。この唯心偈、心は工みなる画師の如しで始まって、最後に心造諸如来とあります。心は諸々の如来を造るということです。私たちの心の中に如来様がある。それはつまり心の持ちようだ。それをこのお経は私たちに示してくれているんですね。

皆様方、すべて仏様になる種子を持っています。それを丹精込めて育てれば仏様として私たちの心に現れてくれる。だけど植物も日光に当て、水や肥料をやり、丹精を込めないとだめですね。この種子も私たちが持つ欲望とか煩悩を取り除く丹精さがないと育ってくれない。もしそれが育ったら悟りの境地を得ることができるのですね。その悟りを開かれたのがお釈迦さまです。私たちは正しい心を持って他者を慮る心を養わないとだめなんです。今の時代、自分さえよければという感じに見える。日本は戦後目覚ましく発展し個が尊重されて、それはそれで良かったけれど、その一方で他者はどうでもいいという風潮になってしまった。もちろんこの間の熊本のように、震災があったらボランティアで手を差し伸べるけれど、昔と違って普段から他者を慮る心持が欠けてきているのではないか。これからの日本を考えるとき、いかに他者の心を慮ることができるかということが、一つのキーポイントになると私は思います。

ロータリアンはご承知のとおり相手が何を欲し何に困っているかを理解して奉仕をする。しかもその活動は決して見返りを求めず、すべてさせていただくという心でやるものですね。これは私たちの立場で言うと菩薩道ということになるんです。

これからはそういう社会になったらいいなと思ってこの話をさせていただきました。

ご清聴ありがとうございました。



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